歴史について
本校は昭和58年に、県立村上高等学校荒川分校の校地・校舎を移管し、生徒数138名の全日制普通科9学級の「わが町の学校」としてスタートしました。
平成13年に多様な履修形態を可能にする単位制による定時制課程に改組され、「自主・自律」の教育目標のもと、生徒自身の興味や関心に応じた選択科目の充実を図っています。
また少人数によるきめ細やかな指導や特別支援教育などで、基礎学力、基本的生活習慣の確立、自己肯定感の育成、個に応じた進路実現など、教育課程の特長を生かし、 地域の発展に寄与する人物の育成に努めてきました。
また少人数によるきめ細やかな指導や特別支援教育などで、基礎学力、基本的生活習慣の確立、自己肯定感の育成、個に応じた進路実現など、教育課程の特長を生かし、 地域の発展に寄与する人物の育成に努めてきました。
沿革概要 
昭和23年8月 | 村上高等学校定時制課程保内分校として開校 |
昭和49年4月 | 村上高等学校全日制課程に移行、荒川分校と改称 |
昭和57年11月1日 | 新潟県立荒川高等学校設置 校長、教頭(兼務)、事務長、発令 開校準備室設置(県庁第二分館内) |
昭和58年2月 | 校章図案決定 |
昭和58年3月3日 | 荒川分校第7回卒業証書授与式・閉校式挙行 |
昭和58年4月1日 | 新潟県立荒川高等学校開校(第1学年5学級、第2学年2学級、第3学年2学級の計9学級) |
昭和58年4月9日 | 第1回入学式挙行 |
昭和58年11月2日 | 開校式挙行、校旗樹立 |
昭和59年3月1日 | 第1回卒業証書授与式挙行 |
昭和59年4月1日 | 創立記念日を11月2日に制定 |
昭和59年6月16日 | 校歌発表会 |
昭和62年6月27日 | 校門並びに第2体育館竣工記念式典挙行 |
平成4年4月9日 | 第10回入学式挙行 |
平成5年3月1日 | 第10回卒業証書授与式挙行 |
平成5年11月6日 | 10周年記念式典挙行 |
平成13年4月1日 | 単位制による定時制に改組 |
平成14年4月 | 平成14年、15年度文部科学省人権教育研究指定校 |
平成14年4月8日 | 第20回入学式挙行 |
平成15年3月7日 | 第20回卒業証書授与式挙行 |
平成15年11月1日 | 20周年記念式典挙行 |
平成21年4月 | 平成21年度文部科学省「高等学校における発達障害支援モデル事業」指定 |
平成22年4月 | 平成22年度文部科学省特別教育支援教育総合推進事業「高等学校における 発達障害のある生徒の支援」指定 |
平成22年11月19日 | 「高等学校における発達障害支援モデル事業」 「高等学校における発達障害のある生徒の支援」報告会 |
平成25年11月2日 | 30周年記念式典挙行 |
校章について

校歌について
新潟県立荒川高等学校校歌
作詞 中村千榮子
作曲 久住 和磨
きらめく生命 その頬に
風に向かって 我ら立つ
いま 山峡のせせらぎは
鮮やかな季節を映し
冴えわたる英知の調べ
おお 逞しいこの足競い
未知なる大地 拓こう 友よ
実りの秋を その胸に
雪を踏みしめ 我ら立つ
いま しなやかな若竹は
のしかかる重みをはじき
真直なる精神のはずみ
おお 純白の翼を広げ
紫紺の空に 描こう 夢を
ああ 荒川高校
友情の泉 湧くところ
作詞 中村千榮子
作曲 久住 和磨
きらめく生命 その頬に
風に向かって 我ら立つ
いま 山峡のせせらぎは
鮮やかな季節を映し
冴えわたる英知の調べ
おお 逞しいこの足競い
未知なる大地 拓こう 友よ
実りの秋を その胸に
雪を踏みしめ 我ら立つ
いま しなやかな若竹は
のしかかる重みをはじき
真直なる精神のはずみ
おお 純白の翼を広げ
紫紺の空に 描こう 夢を
ああ 荒川高校
友情の泉 湧くところ



